2023年春に新型コロナが5類感染症へと移行して以降、日本は感染者を全数把握するのをやめ、季節性インフルエンザと同じ定点報告へと切り替えた。結果として表向きの数字は小さく見えるが、流行の波自体は消えていない。2026年の日本を順に襲っているのは「ニンバス」と「セミ」という二つの株で、2022〜2023年頃に定着した感覚とはかなり違う景色になっている。
2026年夏の数字が示すもの
最新の週次サマリーは、国立公衆衛生院(NIPH)が運営するポータル「H-CRISIS」で、厚生労働省と連携して毎週公開されている。2026年第32週(8月4日〜10日)時点で、全国の定点医療機関あたりの報告数はおおむね5件前後で推移。都道府県別に見ると2件から8件まで幅があり、8月には愛媛県や広島県で「注意報レベル」を超える急増が観測された。
数字自体は控えめに見える。2022年のピーク時には1日20万件超の新規報告があったが、いまは患者を全数カウントしていない以上、直接の比較はそもそも成立しない。とはいえ「もう終わった」と結論づけるのも早計だ。集計方法は2025年第15週にも再び変更され、日本は「急性呼吸器感染症(ARI)」を対象とした統合サーベイランスへ移行。定点の設置基準が変わっており、厚労省も毎週の資料で「変更前後の単純比較は避けてほしい」と明記している。
統計を読むときに押さえておきたいポイントは次の通り。
- 流行は特定の県に偏る傾向が強く、「全国平均」の裏には2〜3倍規模のローカルな波が隠れる
- 入院数や病床使用率のほうが、定点数字より流行の重さを正確に映す
- 季節性がずれ、いまは夏と冬の後半に山が来る。春の波は目立たなくなった
- 2025〜26年の冬にはB型インフルエンザとノロウイルスが重なり、医療現場では「ダブル流行」と呼ばれた
要するに、全国値は「指標」であって「診断」ではない。実像を掴みたければ、県別レポートと病院の負荷を組み合わせて見るしかない。
2026年を規定する変異株
ゲノムサーベイランスを担当しているのは、2025年4月に旧NIIDと旧NCGMを統合して発足した国立健康危機管理研究機構(JIHS)だ。同機構のデータによれば、2025年冬から2026年春にかけての主流株はNB.1.8.1(通称「ニンバス」)。夏に入って台頭してきたのがBA.3.2で、日本では季節的な立ち上がり方から「セミ株」の愛称で呼ばれている。
主流二株の比較
| 項目 | NB.1.8.1「ニンバス」 | BA.3.2「セミ」 |
|---|---|---|
| 由来 | オミクロン系統。2025〜26年冬から日本国内で主流化 | 2025年秋に南アフリカで初報告。2026年春には33か国以上で検出 |
| 感染力 | 非常に高い。家庭内での拡散が速い | ニンバスと同程度。夏場に活性化 |
| 特徴的な症状 | 「カミソリで切られたような」と形容される強烈な喉の痛み | 従来株に比べ、子どもへの感染が明らかに目立つ |
| 重症度 | 重症化はハイリスク群が中心 | 致死率上昇の報告はないが、小児医療の負荷が増大 |
JIHSのゲノムレポートにはXFGや派生系統「ストラタス」も登場するが、いずれもオミクロンの枝に収まる範囲で、「まったく別の新型ウイルス」というわけではない。2026年のシーズンで最大の転換点は「セミ」の到来だ。学齢期・未就学の子どもに強く効いてくる株は、久しぶりだからである。
サーベイランスは二段階で変わった
ロジックの転換は二度あった。まず2023年5月、COVIDが5類に移行し、全数把握が終了。治療の全額公費負担もなくなり、病院は一般診療の一環として患者を受け入れる建て付けに変わった。次いで2025年春、厚労省がARI統合サーベイランスを導入し、定点そのものを組み替えた。
公開されている情報の中身
厚労省とH-CRISISの週次サマリーは毎週水曜に公開され、大きく三つの柱で構成されている。
- 47都道府県ごとの定点医療機関あたりの報告数
- 年代別の推移と入院者数の割合
- ゲノム解析の結果——どの系統がどれくらいのスピードで拡大しているか
かつて主要指標として機能していたのは、NHKの夜のニュースが伝えていた「全国の日次報告数」だった。いまはそもそもその数字が存在しない。特定の地域で何が起きているかを知るには、上の三つを組み合わせて読むしかない。個別に見ると、情報はいずれも不完全か、遅れて届く。
症状と臨床像
2026年の主流株の症状パターンは、後期オミクロンとよく似ている。発熱、咳、鼻水、頭痛、倦怠感——並びは従来通り。違いは強弱と経過に出る。
ニンバスは強い喉の痛みが目印で、発熱より先に主訴として現れることが多い。東京・埼玉の臨床医は「喉をカミソリで撫でられているよう」と表現しており、識別性のあるサインとしてカルテに残されている。セミについては、兵庫や大阪の医師が小児例の多さを指摘。大人より子どものほうが熱が高く出やすく、家族が次々に発症する連鎖が典型だ。子どもを起点に親、祖父母へと広がっていくパターンが目立つ。
初期波でおなじみだった味覚・嗅覚障害は、現在は明らかに頻度が下がっている。そのため症状をCOVIDと結びつけず、風邪と誤認して検査を受けない患者も少なくない。統計面でも、これは水面下で流行を進める要因になっている。
2026年のワクチンと治療薬
2025年秋以降、日本の定期接種ではJN.1系統および派生株に対応したmRNAワクチンが基軸となっている。定期接種の対象は65歳以上、および60〜64歳で重い基礎疾患のある人。それ以外の年代は任意接種扱いで、民間クリニックでの相場は1回あたり15,000〜17,000円前後だ。
抗ウイルス薬では、塩野義製薬の「ゾコーバ(エンシトレルビル)」が引き続き広く処方されている。SARS-CoV-2向けとしては日本発の唯一の経口薬で、12歳以上の軽症〜中等症が対象。5日間の投与だが、併用注意薬が多いため必ず医師の処方が前提だ。より重症の症例やハイリスク患者には「パキロビッド」も選択肢に入る。
感染が疑われるときの動き方
2026年の動きは実はシンプル。ただ2021年当時のように保健所を起点にする発想で止まっている人がまだ多い。いまの流れはこうだ。
- まず薬局やコンビニで買える抗原検査キットで自宅検査。パッケージに「体外診断用医薬品」の表示があるものを選ぶ(「研究用」は精度が担保されない)
- 陽性かつ軽症なら、発症から最低5日間、かつ解熱後24時間は自宅療養(厚労省の目安)
- 高熱、息苦しさ、3〜4日目に悪化する徴候、あるいはハイリスク群なら、保健所ではなく地域の内科・かかりつけ医へ直接
- 可能なら医療機関でPCRまたは公式な抗原検査を受ける。勤務先や学校が診断書を求めるケースがまだ残っている
子どもについて一つ補足。セミ株の流行下では、38.5℃を超える発熱が2日以上続く場合や脱水傾向が見られる場合は、迷わず受診してほしいと小児科医は勧めている。自宅抗原検査は成人より偽陰性が出やすく、最終的な判断は臨床像から医師が下すべきだ。
結局のところ
コロナは消えたのではなく、ニュースの一面から降りただけだ。2026年も波は淡々と続いている——春はニンバス、夏はセミ、冬にはインフルエンザが再び重なる。かつて誰もが基準にしていた全国日次の数字は、もう存在しない。基準は変わった。厚労省の県別定点サマリー、JIHSのゲノムレポート、そして常識——症状が出たら自宅で検査、悪化したら受診、必要な人には接種。ここに戻ってくる。